【連載】チセツナガラ小唄ぺこのどないせえと?/第3回

<毎週水曜日連載>
ヨーロッパ返して
一歩、また一歩と夏が近づいてくるのがわかる。
少しずつ、少しずつ寝付けなくなって不安になってきたところで、「おっとやりすぎた」と言わんばかりの、寒いくらいに涼しい朝が来る。
そんな朝に誰かが発した、「毎日このくらいの気温がいいのに」を全部集めてつけ麺をつくって、熱盛りで頂く。
「良い感じだったのに最後の一文で台無しにしないで」
みたいなのがとても好き、わからない人はわからなくていいと思う。
僕は夜型も夜型で、朝5時を過ぎないと眠ることができない。
多分数年前にバーで働いてた頃にこうなった。
その頃は寝るのが10時とかだったのでかなりマシになった方だとおもう。
何よりこの生活のリズムが1番自分に合っていると思う。
働いていたバーは大阪心斎橋、ヨーロッパ通りって場所にあった。
もう無くなったけど。
キャッチは苦手だった。
まず道行く知らない人に話しかけるとか論外で、無視されても折れないとかもっと無理。
ていうか自分がキャッチされるのも嫌やし、(俺かてやりたくてやってるわけちゃうねんごめんな)って思いながらキャッチしてた。
新人の頃は酒も弱いし、喋りも下手で、冬でもお客さんが捕まらなければ朝まで外でキャッチしてることもあった。
ヨーロッパ通りの十字路、時間が経つにつれて人通りも無くなって、「夜を見届ける」だけの仕事。
十字路に立つのは自分だけではない。
3階のりくさんとか、居酒屋のれんくんとか、モッズコートのそうちゃんとか。
みんな僕よりも先に居なくなったけど。
「ずっと居るような街ではない」ってそこに居るみんながわかっている。
キャッチにも派閥はあったりして、大体は挨拶を交わす程度の関係で終わることが多かった。
特にまあその場所ではというか世間的にというか、自分は見た目が特殊なこともあってやけどね。
そのおかげで話しかけられることもあれば敬遠される事もあった。
働き始めて1ヶ月くらいかな、「靴オソロやでな」って声を掛けてきたのがななこちゃん。
クラブで、「オーガナイザー」をしているらしい。
ななこちゃんの周りにはいつも人集りができる。
同い年で、お洒落で、お喋りで、色白で、顔が可愛い。
可愛かったんやろうか、少なくとも僕はタイプやった。
歯が少し出てる女の子が好きや。
煙草はブラックデビルを吸ってて、ななこちゃん主催のイベントではブラックデビルが入場券やった。
みたいな感じの事もあった気がする。
名前がななこでブラックデビルで、NANAが好きって言ってた気がしなくもないな。
そうやとしたらなんか綺麗やし、そうしよう。
ていうか当時のその辺を知ってる人が見たら一瞬で特定されるなって思ったけど、そんな人達はきっと見てない。
確か毎週火曜日はななこちゃんと会えた。
ななこちゃんに喋りかけに行ったら紹介されたのが、「レザーのミニスカポリス」みたいな、説明しにくい格好をしたリエ。
物凄くスタイルがよくて、顔が可愛かった。
可愛かったんやろうか、少なくとも僕はタイプやった。
お察しの通り歯は出てた。
リエは聞く限り中々ブラックなバーの従業員で、物凄く安い給料で、いつも露出の多いコスプレでキャッチに出てた。
リエは日本語がすごく下手で、「日本人ではないのかそれとも、物凄くアホなのか。」って悩んだけど、「どっかの大学の薬学部」みたいなことを言ってたから多分日本人では無い。
じゃないと喋り方がアホすぎる。
ななこちゃんは会う度に温かい飲み物をくれた。
スタバのあっまいやつが多かった気がする。
リエは何故か僕がラムネに目が無いと勘違いしていて、会う度にお店からくすねて来たラムネをくれた。
2人のおかげで新人と言われる期間はかなり楽しく過ごせたと思う。
2月の後半、ななこちゃんがヨーロッパ通りに来なくなった。
Twitterをフォローしてたから理由は知ってたけど何やったかは忘れた、忙しそうなやつ。
3月まで来れないらしい。
ななこちゃんはEDMと感覚ピエロとユニゾンスクエアガーデンが好きやった。
ななこちゃんが来れなくなってから少しした日、リエがラムネを僕に渡しながら、「りえ、らいしゅうでおわり」って言った。
4月から就職が決まってるらしい。
リエの最後の出勤日、ななこちゃんは来れなかった。
って記憶してる、どうやったかな。
リエは最後の出勤やのにエロいコスプレでキャッチしてた。
会話の内容は詳しく覚えてないけど寂しくて泣いてしまったリエに、「別に俺は来年もここおるからいつでも会えるし!」って笑いながら言ったはず。
その後オーナーの誕生日週で店が忙しかった僕は店内に呼び戻された。
「また後で喋ろ!」って、それがリエに会った最後。
お店が落ち着いたのは朝5時を過ぎてからやった。
帰る間際、あんまり喋ったことのない同じビルのお姉さんが、「いつものコスプレの子が」ってラムネの大袋を渡してくれた。
個包装のラムネを食べる度に思い出す。
それからリエがヨーロッパ通りに来ることは無かったし、ななこちゃんも見かけなくなっていった。
僕らは結局お互いの職場に出入りすることは無かった。
厳密に言うと、「オーガナイザー」というのは働いてるわけじゃないらしいけど。
その後僕は新人ではなくなって店の中で過ごすことが多くなったし、ついには店の移転でヨーロッパ通りでキャッチをすることはなくなった。
ななこちゃんはTwitterを更新しなくなって、いつのまにかフォローも外れてた。

ふと思い出してななこちゃんのTwitterIDを調べたけど、韓流アイドルのアイコンと、名前がハングル文字になってた。
昔の人間関係を振り返ると、「なんで連絡先聞けへんかったんやろう」って思うことが多い。
多分当時の自分にはそういった能力が備わってなかったんやとおもう。
身につけられたのはあの、「地獄にしては静かに朝を待つ」ヨーロッパ通りのおかげなんじゃないかな。
ていうか今ですらちょっと苦手かもな、人に連絡先を聞くの。
2人にとっては特に大した思い出じゃないかもしれない。
別に恋仲でもないし、現に何もなかったし。
ただ、まあ、良い思い出やったなあって。
リエとはキスしたけど。
最後の一文で台無しにしないで。
チセツナガラ/小唄ぺこ(Vo./Gt.)
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