1. HOME
  2. ブログ
  3. 【連載】パーティ日和/第23回

【連載】パーティ日和/第23回

<毎週土曜日連載>




災い転じて

新型コロナウイルス感染症による世界的パンデミックはたくさんの命を奪い、今なお猛威を振るっている。未曾有の大災害だ。
あれやこれや次々出てくる情報に一喜一憂しながら必死でもがいていたらまさかの一年が過ぎてしまった。こんなんまるで戦争であるが僕たちはコロナだけではなく、これまでにも数々の大災害と戦ってきた。今回はそのひとつ、2011年(もう10年前と知ってびっくりしている)3月11日に発生した東日本大震災の頃のことを書こうと思う。

当時東京に居た僕は神田神保町の路地にある「旅」をテーマにしたカフェバーでシェフみたいなことをやっていた。個人店ながらも常連客を中心に小さなコミュニティを形成していたその店には日々人の流れが絶えなかった。
なにせスタッフも僕ともう1人だけ、日によっちゃ僕1人のワンオペというミニマムな営業形態だったのでお客さんも僕らも結構すぐ顔を覚えるし仲良くなる。東京の下町あたりの人懐っこい空気感が僕もたいそう気に入っていた。

夜の宴会用に出していた前菜盛り合わせ

夜になると酒を出すし結構終電ギリギリまで店を開けていたので江戸っ子のハシゴ酒もたまにお見かけした。カウンターに座り馴染みの店員や客と冗談をかわしながらつまみ一個と酒を一杯サクッとやって顔の片方で笑いながら悪態をついて現金置いて帰る、とても粋な方々である。その中でもたまに来ては毎回結構な量の酒を召し上がるお客さんがいて、その方はまとまった量の注文と共にある程度長居してくださるし営業形態が超個人プレーなこちらの都合も考慮してくれるのでカウンター越しに談笑し盛り上がるくらいの仲になっていた。名前をサキタマさんといった。
とりわけ店のオーナーと仲が良く、仲が良過ぎて時々喧嘩まがいの状況になるくらいで、2人とも元来の頑固な性格もあいまって一度こじれるとなかなかとりつくシマもなかった。その度に「ほんと困った人だよね」なんてオーナーがスタッフに言って回るのだと、バイトの子達はみな苦笑いで僕に教えてくれるのだった。

3月11日は金曜日、そこそこ忙しくランチタイムを終え夜の営業に向けて仕込みをしていた最中、地震はおこった。引き戸やテーブルはガタガタと音を立てて暴れまわり、グラスは棚から落ち、割れた。仕込み中の寸胴を慌てて床に置いたがそれ以外のことはできなかった。なにせ揺れている間立つこともできなかったくらいだ。
揺れがおさまってからガス線を閉め近くのパーキングで近隣の方々と被害状況を確認しあい、年寄りが1人でやっている店も多いということで、近所の立ち飲みワインバルの店長と2人で周りの古本屋を見て回った。実際本棚が倒れ室内に閉じ込められていたりしたが本の下敷きなど目立った大事故は無く、その後は帰宅難民(鉄道が軒並み止まり街は会社に泊り込む者、歩いて帰宅を試みる者などでごった返しまさに非常事態という様相で、その人々を「帰宅難民」と呼んだ)の為に店の食材を使って簡素だが炊き出しをしたりして夜明けを待った。緊張で気を失いそうだった。

野菜がいっぱい食べられる店を目指していた

隣同士気遣いあって、手を取りみんなで災害に当たった震災当日はまだ知らなかった。本当の困難はその後やってきたのだ。
原発事故による放射能汚染に大騒ぎし野菜や魚介類の産地を明記しろと言ってくる者、東北の被災者が生きようと必死な時に不謹慎だ、イベントや外食、酒などは自粛しろと騒ぎ立てる者たち。一方何故か主婦たちはトイレットペーパーを買い占め、ガソリンスタンドには警備員が必要なほど車の行列ができた。原発事故で電力が不足している上に余震の可能性もあるとかいう理由で僕が出演を予定していたライブイベントも軒並み中止となった。腹が立った僕は電気使いませんからライブやらしてくださいなどとライブハウスに直談判しに行ったりして盛大にスタッフを困らせた。
これはもはや人災だ。不安と不信から疑心暗鬼になり誰もが被害者になりたがった。悪者を自分たちで定義して共通の敵を作り自分たちは正しいと理論武装しポーズをとった。その結果が自分たちの首を締めるだけの、なんの意味も無い「自粛ムード」だった。
そんな状況であるので当然神保町のカフェバーも全くお客さんが来ず、ほとんど開店休業といった日々が続いていた。

お客など誰も来ず、バイトも上がらせてひとりぼっちなある夜、先に紹介したサキタマさんがふらっと寄ってくれた。見るとどこで飲んで来たのか結構酔っている。これはなんかあったかなと、話のひとつもゆっくり聞こうと思っていたら最近どうだいといった話だけして一杯飲むと帰ってしまった。珍しいことにびっくりしていると翌日も、さらにその翌日も来ては一杯だけ飲んで帰ってしまうのだった。
僕はもう気付いていた、この人は行きつけの飲み屋全てに顔を出して回っているのだ。心配で、ただそれだけで、いよいよまずいときにはなにか力になりたいと思ったかどうかは知らないが、そういった話は一切せずただただ一杯ずつ飲んで回ったのだ。
それはびっくりするほど不器用な、でもとても暖かい、最高の気遣いだと思った。

普段は希薄に感じる現代日本の人間関係だが、本当に心で繋がっている人かどうかは有事の際にわかるものだ。このどこまで続くかわからないコロナ禍、本当に困難を極める毎日であるがその中で小さく光るふれあいこそ大事に温めていきたいと思う今日この頃であった。

ライブハウス『松山サロンキティ』店長/武花 正太

プロフィール

武花 正太

愛媛県松山市のライブハウス

松山サロンキティ』店長

Twitter:@take87syouta

音楽、アニメ、旅、鉄道、廃墟、階段など、引っ掛かりを覚えた物を節操なく取り込んだボーダーレスなライフスタイルは国内外を問わず広く呆れられている。

自身のバンド「MILDS」では作詞作曲、歌、ギター、ピアノを雰囲気でこなし、さまざまな現場でベースを弾く。

DJとしても活動しており、主な得物はなんとアニソンである。

過去の連載記事




関連記事