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【インタビュー・前編】稲元 達哉/ワンマンの挫折から再スタート

京都を拠点に活動するシンガーソングライター、稲元 達哉

シンガーソングライターとしてひとりで活動する中、さまざまな経験をしてきた彼のルーツや音楽への考え方、今後のことについてインタビューした。

ロングインタビューのため、前後編に分けてお届けする、今回はその前編。




ルーツは青春パンク

ーーよろしくお願いします!はじめに音楽を始めたきっかけとか、原点について教えてください。

稲元:一番最初のきっかけは、いとこですね。別にメジャーデビューを目指すとかではないですけど、もともと高校の軽音楽部でバンドやってる人だったんですよ。僕、実家を離れてそのいとこの家に居候していた時期があって、そのときは全然音楽とか、演奏する方に興味なくて。もともと、野球をずっとやってましたからね。そんな中、いとこがギターをジャラジャラ弾きながら、「ギターとか弾かへんの?」みたいなこと言ってきて(笑)。最初はもう全然興味なかったけど、言われるがままでしたね。「弾いてみいひん?」みたいな押しが強いんですよ(笑)。

ーーははは(笑)。根負けした(笑)。

稲元:そう(笑)。いとこの推しが強くて初めて楽器を触って弾き始めて、それが17、18歳くらいの頃ですね。最初の曲はスピッツの “ チェリー ” でした。そっから、練習しているうちに、ハマっていった感じですね。もともと歌うの自体は好きだったんで。

https://youtu.be/Eze6-eHmtJg

ーーカラオケとかは、よく行く方だったんですか?

稲元:いや、カラオケとかは行かなくて。っていうか、カラオケすらないくらいの、すっごい田舎出身なんですよ。でも中学校の頃とかずっとファンキーモンキーベイビーズ聴いてるって感じでしたね。

https://youtu.be/ir5cF-EvBig

稲元:歌は下手やけど、ずっと好きやったんですよ。上手くないけど好き、みたいな。そんな僕が、いとこをきっかけに、音楽に興味を持ちだしてYouTubeでいろんな音楽を聴いて漁るようになりました。そのときに、ジャパハリネットっていう青春パンクバンドに出会ったんです。

https://youtu.be/Y0odVZm9KEw

ーーファンキーモンキーベイビーズとは、また全然違うタイプのバンドですね。

稲元:そうなんです。僕が今まで知らないジャンルというか。思春期でいろんなことを考える時期やったんで、そういうときに聴くと、「なんて楽しそうな音楽をするんや、この人たちは」って思って。 “ 物憂げ世情 ” っていう曲があって、そのミュージックビデオ見たときにもうなんか、一気に貫かれた感じがして。そのときに「こういう風に音楽ができるようになりたい」って思ったんですよね。

ーーじゃぁルーツとしてはジャパハリネットになるということですね。

稲元:そうですね、ジャパハリネットから広がって、ザ・マスミサイルとか太陽族とか、いわゆる青春パンクと呼ばれるアツイ人たちにすごい影響を受けたので、これが僕のルーツですかね。

https://youtu.be/edd_AZ2MfDM
https://youtu.be/2slkgZgFjSI

初めてのバンドとライブ

ーー青春パンクだとバンド形態が多いと思います。ギターを弾いて歌えるようになったら、次メンバーが欲しくなりますよね?

稲元:そうなんですよ。当時、僕まだ高校3年とかだったんですけど、そのときの後輩と、コピーバンドをやろうっていう話になったんです。そのとき、僕はボーカルではなくギター兼リーダーするから、とりあえずコピーバンドを4人でやろうみたいな感じで始めたのが最初のバンドでした。

その後、バイト先の社員さんがバンドをされてて、「今度こういうイベンターさんのイベントに出るんやけど、枠があいてるからライブしてみいひんか?」っていうお話をもらったんですよ。

メンバーに話をして、そのライブに出ることになりました。

場所は、当時、祇園花月の上にあったMOJO WESTっていうライブハウスでした。だいたい客足700弱くらい入るくらいの大きいハコ。そこのライブに出ることになったんですけど……。いざライブの一週間前くらいになって、メンバーがね、「ちょっと出るのやめないですか」みたいな感じになったんですよ(笑)。

ーービビッてしまったんですかね。

稲元:そうだと思うんですけど。でも、ライブはしたいじゃないですか。だから、「じゃあみんなのノルマをもらうし俺一人で出るわ」って言ったのが、僕のソロ活動のスタートなんです。

ーーそこら辺の温度差って大きいですよね。バンドしてる中で。

稲元:ですね。ただ、僕のそのワクワクっていうのは4人だったからワクワクしてただけで、1人になった瞬間に急にドキドキし始めて(笑)。

ーーでももう、やるしかないからソロで出ましたってことですよね。

稲元:そうですそうです。イベンターさんのイベントなんで、まあまあお客さんも入ってる。

ーー断れませんもんね……周りはバンドばっかりですか?その中で、アコギで行ったの?

稲元:バンドばっかりでしたね。楽天でいっちばん安かったHONEY BEE(ハニービー)っていうメーカーの初心者セット16点セット買って出ました。

ーー急ごしらえですよね。

稲元:そうなんですよ。1週間で準備して出るみたいな。

ーーソロになると、曲も変わりますよね?

稲元:そうですね。一応、ジャパハリネットの曲やったりとか、すごいうろ覚えで。歌詞とかは覚えてるんですけど、コード進行とかを頑張って1週間で詰めて。

ーーステージに立ってみてどうでしたか?

稲元:いやもうね、足がガックガクで。僕そのときはまだ歌とか練習してなかったんですごい下手だったんですけど、あれは天然のビブラートっていうんですかね(笑)。

ーーそれ、震えですよね(笑)。

稲元:そうそう(笑)。そんな状態でステージに立って。そのときに一緒に出てたバンドさんとかから「ここでやったらもう大体のところでできるわ」って言われて。それから色々なライブハウスに出るようになりました。

ーーそれ以降はずっと1人ってことですよね?

稲元:ずっと1人ですね。変な度胸がついちゃったんですよね、だから。

ーー突き抜けましたもんね。

稲元:そうなんですよ(笑)。

初めてのワンマンで感じた挫折

ーーその後ワンマンライブやったりするくらい活発に活動されてきたわけですが、18歳からバンドを始めてワンマンに至るまで、何年だったんですか?

稲元:ソロとしての音楽活動を始めたのは19歳なんですよ。2015年かな?音楽しながら学業も普通にやってて、いろいろ落ち着いた頃にちょうどROOTER×2(@KYOTOROOTERX2)っていう四条大宮にあるライブハウスから「うちでワンマンやってみるか」っていうお話をもらって、もう何も分からない状態で「やりますやります」みたいな(笑)。そのライブ本番が2016年11月ですね。

ーーすごいですね、1年でワンマンできるって。

稲元:いや、全然集客もできてなかったから、むしろ僕を頑張らせるための修行みたいな(笑)。

ーー実際開催していかがでした?集客とか。

稲元:正直言うと、目標には全然届かなかったですね。会場が埋まってるわけでもなく、人がいることはいるみたいな。あれが人生っていうか、音楽を始めて最初の挫折でした。ROOTER×2ってステージが2個あって。2階のステージは大体30人くらいなんですけど、そこはまあ埋まってたものの1階は100人くらいのキャパで半分埋まらないっていう状態でした。その規模のステージでやると「自分はこんなもんなんや」っていうのがあって。もっとこういうことをすればよかったなーみたいな後悔はありました。それが20歳のときで、それから少しの間音楽活動を休止しました。

新たなスタート

ーー活動休止を経て、「やっぱり音楽で行こう!」って方向で動き始めたのはいつ頃なんですか?

稲元:ちょうど2019年の春頃です。それまで、京都西院のGATTACA(@kyoto_GATTACA)っていう一番最初に出たライブハウスに何度か声かけていただいてたんですが、ずっとそういう精神状態じゃなくって。ワンマンの翌日にそれまで使ってた自分のギターと、書き溜めた詩とかを全部ゴミに出したんですよ。それくらいの挫折だったから、誘ってくれるライブも断ってたんですけど。それでもずっと僕を気にかけてくれてるので、やっと2019年くらいに「もう1回ちょっとやりたい」って思えるようになって、「大変ご迷惑をおかけしました」っていう感じであいさつ回りをしました。それで、ちゃんと活動再開したのは2019年の7月くらいですね。

ーー活動休止期間としてはどれくらいあったんですか?

稲元:2年から3年の間くらいですかね。

ーーその期間の中で「求められてること」に応えようと思える余裕が出てきたってことですよね。

稲元:そう。すごいんですよね、GATTACAでブッキングしてくださる方の熱量が。これ、インディーズの人でもそうそう言われないと思うんですけど、「君は歌った方がいい人だよ」って言われるんですよ(笑)。

ーーわ、すごい。それめっちゃ誉め言葉じゃないですか。

稲元:それだけ言われて歌わないのもねぇ(笑)。そんななし崩し的な感じじゃないですけど。自分のエンターテイメントの在り方っていうのを考えて、そのうえでもう1回音楽を選びたいなって思ったんですよね。

ーーそれ、言われたくてもなかなか言われないですよね。たくさんのミュージシャンを見てきたブッキングマネージャーの人から言われてるから、すごいことですよ。

稲元:本当にありがたいことですね。

ーー真面目にやってきたからこそですよ。真摯に音楽に向きあっているってことを感じてくれてたってことですよね。

稲元:だからこそGATTACAに行ったら、複数のスタッフさんからいろいろ言われましたよ(笑)。「お前音楽辞めるとか言うてるらしいな」みたいな(笑)。

ーー言うてるらしいなって(笑)。愛情感じますね。

稲元:そうやって認めてくれる人がいたからこそ、音楽に帰ってこれたのかなって。本当に誰も何も言わずに放っておかれてたら、たぶんやってなかったんだろうなって思います。ありがたいです、本当に。

インタビュー後編はこちら

アーティスト情報

(Photo & Interview by 倉田航仁郎 / Text by ユザワ屋




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