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【連載】パーティ日和/第8回

<毎週土曜日連載>

現代オタクの基礎知識 後編

この四連休で3本のオタク特化型DJパーティを開催、運営した。

音ゲー、ボカロ、アイドルマスターとよりどりみどりだ。

正直疲れた

しかし感染症流行下にあっても彼らの熱は冷めることなく、さまざまなアイデアで息苦しい感染症対策まみれの会場を謳歌していて、とても素晴らしい。生きるのが上手いのか下手なのかわからないけれど、尊敬に値すると思う次第であった。

アニソンDJ中のぼく

さて、先週の続きである。「オタク」という言葉が変化した、と僕は書いたが果たしてどうだろうか。そもそも「オタク」とは何だったか。みんなの辞書wikipedia先生によると

辞書的には、ある趣味・事物には深い関心をもつが、他分野の知識や社会性に欠けている人物として説明される。おたくという言葉はもともと二人称として使われる言葉であり、1980年代のアニメ・SFファンの一部の間でも使われていた。おたくという語はしばしば漫画やアニメーション、ゲームなどと強く結び付けられ理解される傾向にあるが、鉄道マニアやカメラマニア、SFファンや電子工作ファン、アイドルおたくやオーディオファン、あるいは勉強しか取り柄のない「ガリ勉」などまでイメージさせる語であった。

引用元:「おたく」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年9月23日 (水) 15:07 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

とある。
ふわっとしているが、知識や興味が偏っていて他分野の知識や社会性に欠けている人物のうち「漫画、アニメ、ゲーム、鉄道、カメラ、SF、電子工作、アイドル、オーディオ」などを指す傾向が強いようだ。

「オタク」という言葉の初出は諸説あるようだが

1983年に中森明夫※ が『漫画ブリッコ』(白夜書房)6月号から『東京おとなクラブ』の出張版として連載したコラム「『おたく』の研究」において「コミックマーケット」に集まる集団を「この頃やたら目につく世紀末的ウジャウジャネクラマニア少年達」とか「友達に『おたくら さぁ』なんて呼びかけてるのってキモイと思わない?」等と評し、「彼らを『おたく』と命名する」と蔑称・名詞として用いた。

引用元:「おたく」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年9月23日 (水) 15:07 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

と書かれている。さらに時代は進み

1989年に東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件がセンセーショナルに取り上げられ、犯人がビデオの収集家だったことから、メディアに拡大解釈、歪曲されて拡散され、オタクは犯罪を起こす、危険人物である、というネガティブキャンペーンが大々的になされた。

引用元:「おたく」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年9月23日 (水) 15:07 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

とまあざっくり「オタク」という言葉の遍歴を辿ってみたがなんのことはなかった。要はマジョリティから見たマイノリティ差別だったのである。(よくもまあこんな頭の悪いネガキャンに大衆が踊らされたものだと感心するが)

マスメディア一強時代、大衆は一握りの情報発信者によって先導され大きなコミュニティを形成していた。彼らはその中に混ざらず独自の情報網を持ち自分たちの言葉で会話する少人数を指して「オタク」と蔑視したのだ。このような扱いによって形成されたいわゆるオタク然とした振る舞いもあったと思われるし、そもそも対等な人間として扱っていない以上「社会性に欠ける」という評価はお門違いであろう。

その「オタク」という言葉は、2000年代インターネット利用が激増したことにより変貌を遂げる。テレビ視聴時間、雑誌の売り上げは減少傾向に転じYouTubeなど動画配信サイトやSNS発信の流行をTVが取り上げる、という逆転現象が起こるようになっていった。若者が自分の感性で欲しいものを探し、情報網を構築し、自分の意思で選ぶ時代になったのだ。

趣味や興味は多様化し音楽、ファッションや読書、食に至るまで多様な好みに彩られ、全員の共通話題などというものはほぼ無くなった。つまり、ほとんどの若者が何かしらの「オタク」になったのである。百人集まれば百通りの感性があって当たり前だし、違いを認め合える社会形成こそが「文化」であって欲しい。

僕から言わせてもらえれば当時マジョリティに属し、オタクと嘲笑していた方々の方がよっぽどキモイ。低俗、と言ってもいい。今彼らが何をしているのかは知らないし興味もないが、かつて差別を受けた私たちから見るとマスメディアによるオタク論ほど薄っぺらく滑稽に見えるものは無いのである。

そろそろ秋アニメの情報を仕入れなければ。僕は検索欄に「アキバ総研」と打ち込むのであった。

※中森明夫さんはコラムニストであり、ミニコミ誌発行人であったりアイドル評論家であったり、どっぷりサブカルチャー側の住人。本文で取り上げた東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の折にはマスコミによるオタク=犯罪者という図式を非難したと言われている。

ライブハウス『松山サロンキティ』店長/武花 正太

プロフィール

武花 正太

愛媛県松山市のライブハウス

松山サロンキティ』店長

Twitter:@take87syouta

音楽、アニメ、旅、鉄道、廃墟、階段など、引っ掛かりを覚えた物を節操なく取り込んだボーダーレスなライフスタイルは国内外を問わず広く呆れられている。

自身のバンド「MILDS」では作詞作曲、歌、ギター、ピアノを雰囲気でこなし、さまざまな現場でベースを弾く。

DJとしても活動しており、主な得物はなんとアニソンである。

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