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【連載】街鳴りのSorako、本音しか言わん/第10回

<毎週水曜日連載>

漫才師目指してときの話

どうも!おはそらこ!
街鳴りというバンドの
ギターボーカルをしております
Sorakoと申します!⁽⁽٩(๑˃̶͈̀ ᗨ ˂̶͈́)۶⁾⁾

【本音しか言わん】の連載シリーズ
なんと10回目になりました!!
ここまで書かせてくれたミュージックラビッツさん、読んでくださってる皆様ありがとうございます!!!

まだまだ書かせていただきますけども、どうかお付き合いくださると幸いです!

今回は10回目を記念して、私がお笑い芸人を目指していときのことを書きます!(記念て……)

私がお笑い芸人を目指していたのはなんと高校時代なんです!
それ芸人だったの?と思われるかもしれませんが、お金をもらったお笑いライブにも出演していましたし、私は真剣にやっていました。

元々お笑い芸人を目指したのは、中学2年生の時母を亡くして塞ぎがちだった私がハマったものが『お笑い』だった、というのがきっかけです。
どんなときでも笑かしてくれる芸人さんが大好きで尊敬していて、そのとき特に大好きだった番組が【笑いの金メダル】でした。
くりーむしちゅーさんがMCの番組で、ネタやトークなどをやる番組でした。

その番組の、ある企画を見てお笑い芸人なろうと心に決めました。

それは韓国に行って日本の笑いが通用するか試そうという企画で、何人かの芸人が韓国でお笑いライブネタを披露してたんですけど、めちゃウケてたんです。日本語なのに!
そして番組の最後に「笑いに国境はない」という言葉を見て、ビビッときました。
雷に打たれたようとでも言うんでしょうか。
私が目指すべきはここだと!

家も貧乏だったので高校いかずに働いて、お笑い芸人目指そうと思いましたが、兄が俺が働くからお前は高校は出てくれと言われて、滑り込みで商業の高校に入りました。

そこで入学式のときにクラブ勧誘の発表会みたいなものがあって、それぞれクラブが自分のところに入ったらこんなメリットがあるって発表しあってたんですけど、演劇部が先輩2人しか入部してなくて、2人で漫才をやってはってそれがとてもおもしろかったので、演劇部に入ることにしました。

そしてそこで同じく入部した女の子と仲良くなり、彼女もお笑い芸人を目指していて、吉本新喜劇にも出たことがあるくらいの有力者でした。
意気投合して漫才コンビを組むことになりました。

そのときのコンビ名が「とんとんてんてん」です。
友達の家の近くにあった中華料理屋からとりました!笑

私がボケで、彼女がツッコミ。
私がネタを書き、放課後は練習の日々!
いやー、楽しかったですねあのとき。
授業の終わりに発表したこともありました。

それでは足りなくなり、学校の近くがなんばということもあって放課後にはなんばグランド花月まで足を運び、道端でチケットを売り歩いてる吉本や松竹のお笑い芸人さんに声をかけて、お笑いライブの裏方のお手伝いをささてもらったりしました。

忘れもしません。ワッハ上方というなんばグランド花月の真ん前にあるビルの中にある小さな演芸場。そこにいつも私たちはいました。
カニサブレ、というそのとき人気だったお笑いライブのお手伝いしてました。

そこでいろんな吉本所属のお笑い芸人さんとライブに出させてもらったり、落語家さんに漫才見てもらってダメ出しや指導してもらったり、毎日バイトもしながらやってましたね!
普通は女子高生ってオシャレや化粧や彼氏と思うんですけど、私は全くでした!笑
今思えばもっと遊んでおけば良かった!笑

お笑い芸人ってやっぱり売れてる売れてないじゃなくて、歴の上下関係が半端ないんです!
一回ライブ前の控え室で、椅子に座ってネタ書いてたら、いきなり入り口の方で、いろんな人の「おはようございます!!」って声が聞こえて何事やと思って見に行ったら、1人の人にみんな頭下げまくってて、「え?誰ですか?」ってつぶやいたら、みんな一斉に私の方見て焦った顔してた、そしたらみんながお辞儀してた人が私を見て「自分、おもろいな!」って言われてそのままどっか行きはったんですよね。
あとで先輩に聞いたら「あの人芸歴10年以上の大先輩やで?!」って言われて、名前が確かつばさきよし?みたいな漫才コンビでしたかね。

面白かったのがその一週間後に深夜テレビに出てたんですけど、小籔さんとか誰かにめちゃいじられてました!笑
あんだけ威張って偉そうにしててのこれかい!とね😤笑

裏側にいてるといろんな芸人さんと出会えますし、大御所さんとか売れてる芸人さんとご飯に行った先輩とかからいろんな話聞けて楽しかったですね。
アジアンの隅田さんは服くれる良い人とか笑
明石家さんまさんが年に一回、関西若手芸人集めて鍋会するとか!笑

話いろいろ脱線しましたが、とにかく漫才を披露するときが1番の快感でした。
「はいどうもーー!とんとんてんてんでございます」と手を叩きながら上手下手から登場してネタを始める。
持ち時間は5分〜10分以内!バンドマンのライブ30分と思うと少ないもんですね!笑

でも大体漫才のイベントはMCがいて、合間合間に大喜利やトークが挟んでるので、大体5組くらい出てるイベントに出てた気がします!
そのときから私、大喜利は苦手で滑りまくってましたね!笑
先輩がスケッチブックでおもっきしどついてくれたりしてウケてて、終わった後にごめんねって謝られる感じで☺️笑

私が出てた小さなライブイベントにも、そのときダウンタウンさんがMCの【リンカーン】という番組のスタッフ?さんが来てて、引き抜かれたりしてましたねー!
先輩が出てたりして興奮したものです!!

私が1番自慢できることといえば、高校のときに吉本興業主催の【M-1甲子園】っていう高校生漫才の頂点を決める大会があったんですけど、それの大阪予選に出場したとき、審査員がNON STYLEさんだったんですけど、漫才やったとき石田さんが手を叩いてのけぞりながら笑ってくれてて、終わった後に面白かったと声かけてもらえたことですね!

あの後、M-1で優勝されてて、あんな人に面白いって言ってもらえたんだって今でも誇りです。
石田さんは本当に良い方でした。次も仕事があるのにギリギリまで、色んな子にアドバイスしてくれてて、私達もしてもらおうとしてたら、マネージャーさんがもう時間なんでと止められて落ち込んでたら、石田さんが「ロケ車まで歩きながら話そう」と言ってくれて✨本当に素敵な方でした!

自分たちで主催のお笑いライブをやるくらい頑張っていたお笑い活動ですが、家の事情で漫才やる時間もなくなり、相方とも解散してそのまま社会人なって諦めましたね。
でも女を捨てきれないという思いもあったので、いずれはダメになってたとは思います。

今はあのときと同じくらい、真剣に音楽活動やってます。

真面目にいつか有名になれたら、夢見てます。

自分のやれること信じて、死ぬとき自分はやり切ったと思える毎日にしていきたいと思います!
あの日の私のためにも!!!!

以上!また長くなりましたが、
私のお笑い目指してた話でした!
細かい話もっと聞いてくれるって方は
飲みに行きましょう✨(´,,•ω•,,`)

それではまた来週に!!!!
街鳴りSorakoでした!!!

街鳴り/Sorako

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