【連載】パーティ日和/第3回

<毎週土曜日連載>
書を捨てよ旅に出よう
無駄に好奇心旺盛な僕の好きなもののひとつに「旅」がある。
国内海外問わず、スケジュールやこまかい行き先を決めず好きなように歩き回るのが得意だ。なにせ本当に歩き回るものだから、誰かと一緒に行くと絶対喧嘩になる。タイを10日間ほっつき歩いたときなど、まだまともな靴を一足履き潰したくらいだ。
タイをほっつき歩いたときの詳しい話はまた後日するとして、旅は良い。
普段我々はドコソコで働いていてナニナニという役職についていて弊社の上司共々御社のダレソレ様には大変お世話になっておりまして……としがらみだらけの暮らしを送っているものだと思うのだけど、遠くに行けば行くほどそのしがらみから解放されるのである。
武花正太という名の日本の男、というただそれだけの状態で過ごせるのだ。
何者でも無いただ1人の旅人になれるというのはものすごい開放感である。
今日は、その辺のところを少し掘り下げてみたいと思う。

バックパッカーとなってアジアを放浪するのが好きだった。
パックツアーに興じる同胞の集団を避けて現地の人と同じ交通手段で移動し、現地の人と同じ店で飯を食う。
旅行客向けの店ばかりでは無いから英語のメニューすらなかったり、バスの行き先表示がただの数字だったりするのでもう全てが博打である。
隣の人が食ってる料理が美味そうだったので「This one」と指差し注文したら死ぬほどカラかったり、バス路線図には1番〜50番代くらいまでしか書かれてないのに平気で3018番のバスがやってきたりする。まだ止まってもないのにドアを開けて走ってきて、まだ止まってもないのに発車するバスにひょいひょいと飛び乗る現地民。必死で乗ったら全然知らんところに連れて行かれ、歩いて帰る途中で道に迷い、野犬に出くわし肝を冷やす。
毎日が大冒険だ。

そんな中、バンコクでライブハウスに入ったことがある。
サキソフォンという名の有名なハコで、バンコクの音楽好きも海外旅行客も集まるライブレストランパブといった感じだ。
入り口で逡巡していると「日本人?」と現地の日本人に声をかけられ、もうすぐ友人が来るから一緒に楽しもうと言われた。
名前はシン。やがてやってきたオーストラリア人の名前はブン。
合わせてシンブンだ。
これは面白くなってきやがったとエントランスへ進んでびっくりした。
チャージが無いのである。
そのかわりお酒がかなり高い。コンビニでビール一本30バーツ(大体100円)くらいなのに対して100バーツくらいしたと思う。日本の感覚で言えばビールが一杯1000円くらいの感じだろうか。
開演時間になると若い子達の演奏から始まり合計3バンドが出演した。
若い子たちのバンドは、ミドルテンポのロックをやっていたが上手だった。2つ目のバンドはポップス。これも上手で、聴いていて全くストレスがない。盛り上げ方も慣れたもので、観光客も現地の人もまとめて温めてしまった。
やるなタイ人……
良い感じじゃ〜とゴキゲンで踊っていると3つ目のバンドの演奏が始まった。
これが物凄くて、すぐに会場の空気が変わってしまった。
それまでタイのおねえちゃんを口説いていた白人も、カウンターに腰掛け静かにグラスを傾けていた黒人も、酔っ払って白目向いていた日本人も、ゴーゴーみたいな踊りを踊っていたタイ人も、みんなして熱狂の渦に飲み込まれていった。
グルーヴは人種の壁もたやすく超えるのだ。
彼らは大所帯のファンクバンドで、スタンダードも交えながら緩急自在な40〜50分のライブを見せてくれた。
夢中で踊っているとタイのおねえちゃんが僕の手を取ってくれて、2人で盛り上がっていたら嫉妬した白人に絡まれたが肩を組んで「ファンタスティックー!」と言うと怒りを鎮めてくれて一瞬の間の後、ニッコリ親指を立てた。
グルーヴは戦争も回避する。
終演後、店の外に出ると最後のバンドのベーシストが座っていたので酔いと疲れでぼんやりした頭を総動員して何か話した気がするのだけど記憶が曖昧だ。
「Fuckin amazing」と何度も言ったのだけは覚えている。
僕は、ろくに英語も喋れないアホなので上出来だと思う。

サキソフォンでの一夜は、めちゃくちゃハッピーで刺激的な時間だった。
チャージが無いのでバンドへのギャラはドリンクバックなのかもしれない。盛り上げてドリンクを飲ませるほどギャラが増える仕組みだ、理にかなっている。
日本のライブハウスとの実力差を感じて考え込んでしまった。
チケットノルマなんていうシステムがまかり通っている現状を、なんとか変えることはできないだろうか。
完全ハコ貸しで〇〇万円です、レンタル機材はこれこれで〇〇万円です、まいどあり〜!
というシステムには限界があるんではないだろうか。
そんなオリジナリティの無い店にライブハウスとしての価値はあるのだろうか……
旅に出るとこうやって日常がひっくり返る。
頭の中の動かなかった部分が回り始める。
日本での暮らしに直接役立つことは少ないけれど、それは確かに自分に影響を与え今に至るのだ。
旅には文字や写真、映像ではわからない体験そのものが詰まっている。
書を捨てよ旅に出よう、である。
ライブハウス『松山サロンキティ』店長/武花 正太
プロフィール

音楽、アニメ、旅、鉄道、廃墟、階段など、引っ掛かりを覚えた物を節操なく取り込んだボーダーレスなライフスタイルは国内外を問わず広く呆れられている。
自身のバンド「MILDS」では作詞作曲、歌、ギター、ピアノを雰囲気でこなし、さまざまな現場でベースを弾く。
DJとしても活動しており、主な得物はなんとアニソンである。