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【連載】オ客ハ読ムナ。/第32回

<毎週土曜日連載>

The denkibran/今日の1曲

https://youtu.be/9BxTeZUMNHk




CDとレコードを2000枚ぐらい処分した話。「所有」から「共有」へ

こんにちは。南堀江knave倉坂です。

2022年も一週間が過ぎましたが皆様いかがお過ごしでしょうか?

恐縮なのですが、いきなりですが去年の話をさせてください。

僕は、去年1年間でCDとレコードをたぶん2000枚ぐらい処分しました。

(数えてないので正確な枚数はわかりませんけど、下手したら3000枚近く処分したかも?)

え?なんでいきなりCDやレコードを売ったの?

と言われてしまいそうですが理由は簡単。

ベリーシンプル。

CDが多すぎて邪魔になってきたから。

部屋のスペースを圧迫してきたから。

レコードも棚に入りきらなくなってきたし

CDとレコードに押し殺されてオレは死ぬのか?

そんな死に方は嫌だ!!

…ってなわけで、欲しい楽器や機材を買うための資金ぐり…という側面もありつつ

かなりの枚数のCDとレコードを売り払いました。

しかし10年前の自分なら「増えすぎて邪魔だからCDとレコードを処分する」という発想には絶対にならなかったよな…

サブスクリプションサービスでほとんどの曲を月額で聴けるから

というのも、もちろん無関係ではないですし

自分が歳をとってきて、若い頃ほど「物」に執着しなくなってきたせいもあるんですけど

自分の人生の大半をCDとレコードに費やしてきた僕のような人間が

「う~ん…邪魔だから売っちゃおっかな?てへ」

なんて思ってしまうような変化

これ、けっこう革命的な出来事なんです。

昔はCDとレコードのことしか考えてなかったもん。

今なら考えられないけど、毎月タワレコで平気で5~6万円使ってましたもんね。

人間、変われば変わるもんだ。

でも、これは単純に「自分が変わった」というよりも

イコールで生活様式や社会的な価値観の変化だと思うんです。

社会的な価値観の変化に影響を受けて自分が変わった。

みたいな。

単純に「自分が変わった」っていうだけ話でもなくて

社会の変化が先にあるんですよね。

…って、そりゃそうか。

すごく普通のことしか書いてないですけど。

そんなような話を今週はもうちょっとだけ書いてみたいと思います。

今週は、オ客モ別ニ読ンデモイイヨ!

かなり理屈っぽい内容だけど。

▼▼「所有」と「共有」▼▼

自分にとってのCDやレコード(のコレクション)とはなんだったのか?

と改めて考えた時に、一番は「データベース」でした。

これは演っている人間の発想とは思うのですが、

例えば「ボサノヴァの曲を作りたい」となった時に

セルジオ・メンデス?
ジョアン・ジルベルト?
スタン・ゲッツ?
小野リサ?

…と、まあ、何でも良いんですけど、すぐに参考になる曲やアルバムを聴くことができる。

このためのデータベースという意味合いが一番大きかったです。

別では、普段の生活のBGMのための「データベース」的な意味合いもあったり

失恋した時にピッタリなのは?
帰り道にウキウキしながら聴きたいのは?
朝おきて最初に聴きたい曲は?

そんな時にベストチョイスをするためのデータベース。

これがたぶん自分にとってのCDやレコードのコレクションの意味でした。

CDとレコード、さらにいえばそれにまつわる知識

それらをデータベースとして自分で所有していることに意味があったんだと思います。

さらに言えば

その知識のデータベースは

重箱の隅をつつくようにマニアックで細かい方が偉い。

たくさんの音楽を知っている方が偉い。

それがかっこいい

たくさんCDやレコードを持っていることに意味があって

マニアックな知識を知っている(知識を所有している)ことに意味がある。

「所有」に意味がある

という価値観。

そんな価値観のなかで僕も青春時代を過ごしてきたので、この感覚はすごく強い。

年代問わず世界中のあらゆる音楽のジャンルを知りたい!!なんて本気で思ってましたもん(それをするには人間の人生は短すぎる)

これは言いかえれば「すべての音楽を所有したい」という果てしない欲望と言い換えることもできます。

さてさて。

時は流れて2022年。

昨今の風潮はどうでしょうか?

特にこの10年ぐらいで加速度的に「所有する」ことの意味が、ドンドン薄れていってるように僕には見えます。

個人が「所有する」ことにあまり意味がないような風潮。

この20年ぐらいで起きた

①インターネットの常時接続の普及
②スマホの普及
③クラウド化、各種サブスクの普及

により生活様式の価値観は「所有」ベースから「共有」ベースに、確実に変わってきていますよね。

そりゃそうだ。

今は誰もが、個人で所有できる量のデータベースをはるかに凌駕するような

「世界規模クラスのデータベース」

にネットを介して常時接続できる環境なんだから。

今のクラウドやサブスク環境の充実っていうのは例えば

一生懸命、部屋の本棚に本をたくさんそろえていたのに、

ある日、時空が歪んでしまい

世界中の知識や本が集まる宇宙図書館にいつでも行けるようになってしまった

…みたいな。

それぐらいのことだと思うんです。

一気に部屋の本棚の意味がなくなってしまった…っていう。

音楽の話に戻しますが

最初に書いたとおり、昔はCDやレコード、音楽知識など「内容の濃いデータベースを所有している」ことに意味があった。

だけど「共有」を前提にしている今、個別で「所有していること」自体にはまったく意味がくなってしまった。

だって、所有していなくてもサブスクやYoutubeで好きな時に取り出して聴くことができるから

ウンチクや知識にしても、ちょっとググればすぐに情報が出てくるから、そんなものをわざわざ個人で覚える必要もない。

そんなイメージです。

今回「邪魔だからCDとレコード…売っちゃえ!」と僕が思ったのも

こんな価値観の変化に影響されてるのは火を見るよりも明らかですし。

でも面白いもので、本はまだ紙媒体の方が自分的に使い勝手が良いので、電子書籍も読みつつ必要な本はまだまだ紙がメインだったり。

ビートルズのレコードなんかに関しても、やっぱりパーロフォンのMONO盤はミックスや音がかっこよくて、CD音源とは別モノなので手放せなかったり。

と、そういう物もまだまだあるのですが、

この辺も何か解決策が生まれたら、パッと全部手放してしまいそうな自分が怖くもあり、面白くもあります。

さてさて。

そろそろ終わりにしましょう。

昔は「知っている/持っている」だけで偉かったんですね。

でも今は「知っている/持っている」ことに意味がなくなってきていて

無数にある共有物のなから

何をチョイスするのか?

そんなセンスを試されてるような…そんな印象もあります。

けっきょくセンスのあるヤツが偉い!…みたいな。

もちろん今でもCDやレコードは大好きですし、処分しても処分しても、また新しく買ってしまうのですが(笑)

こういう価値観の転換期みたいな時期に生きていられて楽しいなぁ…なんて思ったりもします。

価値観が変わる時というのは、大変ではあるけど何かアイデアさえあれば、確実に勝負ができるタイミングでもあります。

こんな世の中で、音楽をどう発信していくのが正解なのか?なんて改めて考えてみるのもいいかもしれません。

今週はなんだか、あやふやな内容になっちゃいましたが。

まだ書きたかったことも全部かけていないので、来週もあやふやなまま続けてみようかと思います。

いや、ぜんぜん別のことを書いてるかもしれないけど。

ではではまた来週!

The denkibran(Vo./Gt.)&南堀江kanve(ブッカー)/倉坂直樹




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