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【連載】音楽と僕らの共存論/第16回

<隔週木曜日連載>

Endless宵道/今日の1曲

https://youtu.be/Q-cK9rvH3Wk




好きっていいづらい話。

〇〇ってバンドが好きなんです!

これ、ぼくにとっては少し勇気がいる言葉だ。

自分は、何かのアーティストを
追いかけた経験がない。

そのくせ、いや、だからこそなのか、
少なくとも発表済の音源は全て抑えてない限り、
好きな音楽として挙げづらいなと感じている。

とっても不自由な感覚をしていると思う。
誰に気を遣っているのだろう。

反対に、自分の好きなバンドのことを、
好きって言ってくれる人に会えたとして、
話していく中で好きなポイントが違ったり、
あ、この人そうでもないなって思ってしまう時、
まあやっぱりあるんだけれど、
なるべく顔に出さないようにしている。

それもあってか、好きなものの話って、
やっぱりすこし及び腰になってしまう。

話し始めると自分でブレーキが効かない事が
わかっているから。

でもそれって好きって言いたいって事じゃん。
誰かと話したいって事じゃん。

音楽にさえ奥手って、
笑えないし本当にバカみたいだ。

口ではこう言ってるけれど、
きっと他人にも求めている。

押し付けがましくて最悪だ。

自分の感覚で自分を縛って、
他人とのギャップに落ち込むのだ。

それ、必要ありますか?

多分本当は逆なんだろう。

好きなものは好きといっておいて、
どうせならなんで好きなのかもハッキリさせて、
それを言って回っていれば、
むしろ、「それわかるわ~」っていう人が、
僕らの周りに集まってくるんじゃないのかなあ?

そんな希望的仮説がふと浮かぶ。

それで、合わない人が去っていくことや、
それこそ、合わないなって思われる事って
リスクなんだろうか。

そもそも、
なにか他の要素で合うな~って思ってたら
まあ合わないとこがあっても全く問題ないわけで

まあシンプルに
人見知りなだけって話に終始する。

本当は自分の好きなものを知って欲しくて、
君の好きなものを知りたくて、
好きなものから、その人が見える気がして、
そんな趣味信仰に囚われているのだろう

だからこそ迂闊な好きで、
人を害すことや、
自分を誤解される事を恐れるのだ

つまるところ好きが重いのだ

こういうものは、
大抵軽くても重くてもよくない。

でもバランスって人は簡単にいうけれど、
そんなものに正解なんてあるはずもなく。

そういう意味では、
自覚として重いと捉えてること自体が重くて。
わりと自己暗示で解決できる部分な気がして。

だからこそ、逆に思うことが2つあります。

少なくとも、自分のやってる音楽に関しては、
好きでいたいし、そうでなくなったとしたら
演じる権利もないような。それも重いか。

そして、みんなには僕らの音楽を
軽率に好きになって欲しい。

軽い気持ちで好きだって言って欲しいし、
気軽に忘れてもらっても構わない。

いや、そこまで言い切っちゃうと
感情的には多少ウソなんだけれども、
でも、それくらいでいいと思う。
是非ライトに楽しんで欲しい。

ディープに楽しんでもらうのももちろんいい。
それはそれで、
また期待に応えられるよう頑張る。

もしライブハウスで会った時は、
好きなものの話、させてください。

Endless宵道/伊藤 翔(Dr.)




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