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【連載】”DANNY BOY”原園が書くメモ/第2回

<毎週金曜日連載>

“DANNY BOY”/今日の1曲

https://youtu.be/OqykWM0DdRU




バンドの始め方

おつかれさまです、”DANNY BOY”ドラムの原園です。
隔週と思ってたのですが、案外すらすら書けそうなので
毎週金曜20時に連載させてもらえることになりました。

前回の記事では、”DANNY BOY”の事をざっくりと説明させてもらったので
今日は僕のバンドの始め方〜今までの活動についてどっぷりと書こうと思います。

前書いたように、僕は中2の頃ほぼ学校に行かず、家でドラムの練習ばっかりしてたような奴なのですが、そろそろバンドやりてえわ。と思い、中2の後半ぐらいからバンドメンバーを探すようになりました。

音楽の話で合うような知り合いも居なかったので
とりあえず、楽器屋のメンバー募集の掲示板を見に行ってみたり、
当時流行ってたモバゲーとかデコログとかで
出会い厨のように探したりしてました笑

中学生っていうのもあってなかなかメンバーに入れてくれるバンドがなかったのですが、ネットでWith9というメンバー募集サイトを見つけ、『大阪 / 新規結成 / プロ思考 / Dr.募集』みたいな記事があり、そこでようやく念願のバンドを組める事になりました。

他のメンバーは
Gt.Vo 大学生 とBa.音楽系の専門学生。

スタジオに入るまでに何度か顔を合わせ、目標を掲げたり、練習曲を決めたりしました。
たしか【GOGO7188のこいのうた】と【ロードオブメジャーの大切なもの】だったと思います。

https://youtu.be/o3whOgZwjkI

バンドが組みたくて仕方がなかった僕は、
練習曲が決まってからひたすら練習して、
スタジオを迎えました。
その練習が人生初めての音楽スタジオです。

ガッチガチの防音ドア、マイクスタンド、アンプ、鏡、ドラム。何もかもが新鮮で、今でも記憶に残ってます。

いざ曲を合わしてみると、
正直みんな余りにも下手過ぎて舐めてんのかと思いました笑

その後1、2回スタジオには入ったのですが、
なんとなくやる気を感じない大学生と専門学生だったので案の定音信不通となり、他のメンバーを探す事にしました。

それから2年ぐらい手当たり次第、With9で連絡して
いろんな人たちとスタジオに入ったのですが、
記事に『プロ思考』と書いてる人は、『本気でプロになりたいとは思ってない人』という風に僕の中では思ってました笑

高一の後半頃のある日、これまで僕発信で募集記事に連絡をしていたのですが、僕個人にドラム探してます。とベースのTぽんという人から連絡が来ました。

しかも、その人の住んでる場所は僕と同じ地元の堺で、年齢も同い年。最高やんけと思いました。

地元も年齢も同じと言う神がかった条件だったので、頼むから上手い人であってくれと心底願いました笑

【RADWIMPSのます。】【FLOWのGo!!!】などを
練習してきて欲しいと言うのと、
ジャムとかって出来る?と聞かれたのですが
この頃全くジャムセッションの事を知らなかったので、『ジャム?何それ』って思ったのが記憶にあります。聞いたら、その場のノリで演奏しよと言われました。

https://youtu.be/VPtUkzm5ico
https://youtu.be/IYIOr_1G7y0

今回は顔合わせも無く、練習で初めての対面。
スタジオは堺東にある『Cold Turkey』
当時、学生なら1時間250円という破格の安さでした。

スタジオに行くと、ボーカル(○○さん)、ギター(Rくん)、ベース(Tぽん)がいました。
そして練習が始まり、
いざ曲を合わしてみると、今まで感じた事のない音の圧力で、Tぽんが想像を越える激うまでした笑

その日初めてのジャムセッションをして、
音楽の楽しさを改めて実感しました。
このジャムセッションの時に感じた事が
今の僕のルーツになってる気がします。

結局このバンドはそれぞれの音楽への熱量の違いから自然消滅してしまうのですが、Tぽんとはその後も一緒にバンドを続ける事になり、再びメンバーを探す事になりました。

なんとかボーカルとギターを見つける事が出来、
4ピースバンドを結成して活動を始めました。
そこで結成したのが『The Mothers(ザ マザーズ)』というバンドです。

ジャンルは、ボーカルの得意なラップを武器に
同世代ではなかなか居ないようなミクスチャーバンドをしてました。
大阪の学生イベントで優勝したりもして、正直みんなイキリ倒してました笑

ライブの本番ギリギリまで、メンバーで遊びに行ったり、そのままライブの演奏が終わったら挨拶もせずいつのまにか帰ってたり、本当にすみませんでした。

その頃にやってたエミネムのカバー動画があったので、気になる方は暖かい目で見てみてください笑

https://youtu.be/X4z7GYqu-rk

その時期に”DANNY BOY”の龍くんとも出会ってて、たまたま見に来てくれてた難波meleでのライブの映像も残ってました。

https://youtu.be/sge1Ej1XnSI

このライブはボーカル不在での出演だったので
インストでライブしてます。(ちなみに右手前にチラチラ映るのが龍くんです)

こうして僕のバンド人生はなかなか楽しく過ごせたのですが、月日が流れ、またメンバー内での温度差が出て来て、高校を卒業して間もなく、このバンドも解散。

その後もTぽんと堺東のマクドナルドで、また一緒にバンドをやろうと話し合い、再びWith9で探してみる事になりました。

大阪在住でギターボーカルが出来る、音楽性の合う人は居ないか検索してみたら、僕の一つ下でギターボーカルが出来る人(T志郎)がヒットしました。
しかも、堺在住です。神がかってます。

早々に連絡をして、スタジオで会うことになりました。
驚いたのですが、Tぽんとその新メンバーT志郎は、中学の部活の先輩後輩でした。ネットでの引き運がまじで神がかってます笑

その日はマキシマムザホルモンのコピーをする予定だったのですが、コピーよりオリジナル曲を作ろという流れになり、『三分ファッキング』という曲が完成しました。

そして、そこから6年間『パロミノベッグス』というバンド名で活動することになります。

イベントを企画をしたり、大会に出たり、遠征したり、Music Videoを作ったり、バンドが売れるために必死に活動しました。

某有名バンドのマネージャーKからも声がかかって、東京でのイベントに出演したりもして、ノリに乗ってましたが、『売れる曲を作ってくれ』と言われ、どんどん方向性がわからなくなり、最高に楽しかったバンドが、全く楽しくなくなってしまった事もありました。

その後、マネージャーKとの関係も終わって、
また一から頑張っていこうとなったのですが
一度勢いが止まってしまったのもあり、
最終的にはこのバンドも解散。

約10年ぐらい付き合いがあったTぽんとも、
この日を持って解散となりました。

僕はバンドを通していろんな事を経験したし、いろんな人間を見てきた。
バンドするなら、とことん本気でやりたいし、ドラムは一生楽しく叩いていきたい。

ありがたい事に今もバンドを続けられてます。
これからも本気で音楽に向き合い、”DANNY BOY”を最高のバンドにして、いつかマネージャーKにタメ口で挨拶したろうと思います笑

こんな感じで、
今日は僕のバンドの始め方〜今までの活動について書いてみました。

最後に前回のサムネ用に作った画像貼って終わります。

あざました。

“DANNY BOY”/原園裕夕(Dr.)




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